ツアーガイドをしていると祖谷の食文化についてよく訊かれます。
特に多いのが、”なぜお米を作らないのか?” とか、 ”棚田にはしないんですね?” と言ったものです。
田んぼが無かったり、棚田にしなかったりするのは、傾斜がきついのが理由ですが、実はそれだけではありません。
家を建てるにも平地が必要で、祖谷には広い庭を持った平地(宅地)はたくさんあります。
同様に造成すれば、田んぼの一つや二つ、それほど苦労はないはずです。 しかし祖谷には田んぼが殆どありません。 なぜか?
土壌の水はけが良すぎるんです。
前述の庭。 祖谷では ”ひのり場” と呼ばれ、傾斜地集落にはどこの家にもありました。
子供の頃、よく縁側に座り、ひのり場に降る雨を眺めたりしていましたが、ガチガチに固まったそのひのり場は決して雨でぬかるみませんでした。 水も溜まりません。 祖谷の土地はそれほど水はけが良いのです。

なので、田んぼを作ろうとすると逆に大変です。
どこかから粘土質の土を運んできて、田んぼの底や側壁を塗り固める必要があります。
粘土質な土としては赤土が用いられたものと思われます。 登山をしていると道の途中で時々見かけますので、そんな場所から採取してたのでしょうか?
それを遥々田んぼまで運び、底や側壁に塗り付け、大きな木槌で打ち固めます。 かなりの重労働です。 相当な量の赤土が必要だったとも思われます。
安易に水を張り、一か所でも決壊したら終わりです。 これでもか、これでもか、と念には念を入れます。 どこまでやっても”絶対”はありません。
努力と忍耐、葛藤と覚悟、そのようなものの結晶が祖谷の田んぼです。 大変なんです。

祖谷に田んぼがない理由はまだあります。 楽な代替案があったことも影響しています。 雑穀です。 雑穀は水はけのよい土でよく育ちます。
例えばソバ。 上記写真は6月のものです。 とある農家さんで撮りました。 コンクリート舗装した通路の隙間に花を咲かせていました。
通常ソバの種まきはお盆前後。 それがなぜか6月のこの時期に農家のあちこちで見られました。
ソバの実を収穫した時とか、製粉すべく運んでいる時とか、ポロッ、ポロッ、と実が落ちて発芽するのです。 そして花を咲かせます。 山だろうが道だろうが関係ありません。 すごい生命力です。
他の雑穀も同様です。 ヒエ、アワ、ヤツマタ(シコクビエ)、サツマイモなどは、山を切り開いただけの痩せた土地でもよく育ちます。
ムギ、コキビ、タカキビ、ソバ、ジャガイモなどは畑で育てていたようですが、水はけが良い祖谷の土に合っていたようです。 これもよく育ちます。
※ここで出てくる雑穀の概要については”祖谷の雑穀:その種類と使い分け”をご参照ください。
水はけを好むのであれば、畑を平らにする必要はありません。 むしろ斜めの方が効果的です。 その方が耕作面積も広くとれます。
片や、祖谷の地形・地質に抗って行う米作り VS 片や、祖谷の地形・地質に寄り添って行う雑穀作り。
どちらに軍配が上がるかは火を見るよりも明らかですね。

こうして祖谷では雑穀主体の食文化が広がりました。
その後、米が買えるようになり、祖谷でも米が主食になりましたが、昔を懐かしんで雑穀を育てていた人はたくさんいます。
健康志向の高まりで注目度が高まる雑穀。 祖谷はその栽培に適しており、多様な雑穀栽培の歴史もノウハウもあります。 ブランド力も話題性も問題ありません。
今なら手引きや支援も可能なのですが、どなたか祖谷に来て雑穀栽培してくれる人はいないものでしょうかねぇ?
【注】本記事は、祖谷の地域内において田と畑のどちらが楽かという議論であって、傾斜地における雑穀や穀物の栽培が楽という意味ではありません。傾斜地農業の大変さについてはまた別途記事にしたいと思います。
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