学生時代、アルバイトしていた頃、占いについてボヤいているおじさんがいました。
聞けば、娘さんの結婚式の日取りについて助言したら「迷信だ!」と言って一蹴されたとか。 それどころか「そもそもお父さんは」から始まって、日頃のあれこれをある事ない事ひっぱり出されてお叱りを受けたと言うのです。
そして「自分だって星占いに信じてるくせに」と(なぜか私に)捨てセリフを残して去って行きました。
私の母もそうです。 私が幼い頃に父を亡くしたことは以前書いた通りです。 その原因が「引っ越した方角が悪かった」と思い込んでいます。 そしてその敷地の前を通る度、引っ越したことを悔やみます。
そんなとき私も「そんなアホなことがあるか!」と一蹴します。 しかし、かく言う私も、夜に口笛は吹きませんし(悪いものが来る)、子どもが箸渡し(箸と箸でモノを渡す)していたら注意します。 茶柱が立ったらひそかにほくそ笑んだりもします。

さて、今年は午年です。 しかも丙午。 もの凄い迷信があります。 この年に女の子が生まれると気性の荒い大変な子になるというのです。
原因は、丙午生まれで火あぶりの刑に処された八百屋お七という人にあるようです。 江戸時代の話です。
お七は八百屋の娘で、火事の日に吉三郎という人と偶然出会い、深い関係になります。 また逢いたいと恋焦がれた彼女は、「火事になれば会える」と短絡的に考え、自宅に火を放ってしまいます。 今も昔も放火は重罪。 かわいそうに、お七は火あぶりの刑に処されます。

もともと日本には陰陽五行という思想があります。 ”物事には陰と陽の2種類があり、自然界には ”木・火・土・金・水” と言う5大要素があって、この組み合わせで運気が決まるんですよ” みたいな考えです(詳細は知りません)。
それが十二支と掛け合わされて、5×12=60と言う計算でしょうか、世の中の運気は60周年周期で繰り返されると考えるようです。
その中で、60年に一回、火と陽と午(馬)が重なる年が来ます。 火が陽となるこの年は丙と呼ばれ、更に午(馬)は発展とか飛躍という意味合いがあるため、60年に一度のこの年は”丙午”として、大昔から火に用心する年と位置付けられていたようです。
そこに八百屋お七という強烈な事件が起こったものですから大変です。 丙午生まれの女性に責任が転嫁され、”丙午生まれの女の子はやばい” と言う風潮が生まれたようです。
実際、今をさかのぼることわずか60年前(すなわち前回の丙午の年)でも結構な人数の人たちがその言われを信じていたようで、その年の出生率は25%も落ち込んだそうです。 びっくりです。 女の子が生まれることを恐れたのです(詳細はこちら)。

大抵の場合、このようなデータは 他山の石(このネタの場合は”対岸の火事”と呼ぶべきか)、余り身近に感じることはありません。
しかしこのネタは違います。 今年還暦を迎える人が近くにいたら聞いてみてください。 その人が丙午生まれです。 色々面白い(というかご本人にとっては迷惑な)話が聞けると思います。
ちなみに私の周りでは、いつもジャーニーランを開催してくれる主催者さんが該当します。
聞くと、小学生時代、その学年だけが1クラスだったそうです(他の学年は2クラス)。 しかも、男子24人に対して女子は13人。 ほぼダブルスコアです。 フォークダンスで11人もの男子があぶれますね。
さすがに令和のこの時代。 そんな迷信に左右される人は少ないと思いますが、これに付け込んだ悪徳商法など出て来ないとも限りません。 少し意識の片隅においておくとよいかも知れません。

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