このWebサイトを開始してほぼ2年。 長岡家について紹介しようと思いながら、実現することなく今日に至っています。
ガイドでは大変よく行く長岡家。 しかしお客様の前でブログ用の写真を撮る訳にも行かず、撮ったとしてもフレームにお客様が写り込むし、写真を撮るためだけに長岡家に行くのも面倒だし。。。
そんなこんなでぐずぐずしているうちに2年が経ってしまいました。 そしてやっと先日、一念発起。 長岡家を訪問し、紹介用の写真を撮ることができました。
と言うことで、満を持しての長岡家です。 国の伝統的建造物保存地区”落合集落”のシンボルです。 かつて落合集落を統治したお代官さんの家です。
長岡家住宅の概要についてはこちらなどを参考にしていただくとして、ここでは見どころを写真集でお届けします。

まずは外観です。 ひしゃぎ竹と言います。 祖谷独特の工法と聞いています。
ひしゃぐとは、押しつぶす、打ち潰す、というような意味です。 祖谷の方言と思います。 竹を縦に4つに割り、その各々を木槌で叩いて平らにします。 そしてそのひしゃいだ竹を土壁保護に使うのです。
竹の節にご注目ください。 きれいに4枚ずつセットになっています。 同じ竹から4枚ずつ取ったことがよくわかります。

ひしゃぎ竹を観たら視線を下に落としてみてください。 この建物が石の上に建っていることがわかります。 これを石場建てと言います。
コンクリートがなかった昔はこれが当たり前。 横たわる木材をわざわざ石の形に加工したりしています。

外観を楽しんだら中に入りましょう。 上の写真の開いている扉から入ります。 見学は無料です。
中に入ってまず目につくのが囲炉裏かと思います。

囲炉裏は祖谷のいろんな建物で見ることができますが、ここは昔ながらの形がきれいに残っている場所の一つです。
すなわち、上から火除けがあり、ジザイがあって、鉄製の鍋が吊るされ、クンゼが置かれています。
各々説明説明すると長くなるので次回に譲りたいと思います。 次回とセットでご覧いただければ幸いです。
長岡家には囲炉裏が2つありますが、貧乏農家には1つしかありません。 2つあるのもお金持ちの証です。

囲炉裏の後はこんなものにも目をやってください。 何だと思いますか?
これは物入です。 櫃といいます。 特に大切なものはここに保管されました。
そして車輪がついています。 なぜか? 当ててみてください。 ”特に大切なものはここに保管されました” がヒントです。
これは有事の際の避難に用いました。 今で言う緊急持ち出し袋でしょうか(少し大きいですが)。
なので車輪がついています。 縄で引っぱるための穴もあります。 引く人と押す人が力を合わせて運ぶのです。
これは車櫃と呼ばれ、嫁入り道具の一つだったとも言われています。 これに花嫁道具を入れて嫁入りしたという話もあります。

囲炉裏、車櫃を観たら縁側に出てみましょう。 長い縁側が続いています。 昔はどの家にもありました。 子供の頃はよく縁側に座って、友達とおしゃべりしたものです。
集会所がなかった昔は何かあると自宅にたくさんの人が集まりました。 そんな時はこの縁側が出入り口。 雨の日でも縁側の下に靴を入れれば濡れることはありません。
縁側の内側にあるのは回廊です。 武家屋敷には必ずあったようです。 と言うのは、武家屋敷ではトイレが家の裏側にあります。 回廊があれば客に顔を合わすことなく使うことができました。
敵が攻めて来た時にここで相手を食い止めるためのスペースと言う話もあります。 二重扉になっているので冬は防寒になったとも思われます。
色んな面で意味のあるスペースですが、狭い家に家族がたくさん暮らしていた貧乏農家ではこのようなスペースは設けられません。 これも金持ちならではの間取りです。

回廊の奥をみてください。 突き当りに扉があります。
昔はここを開けると、トイレがあったとも、切腹の間があったとも、不浄の間があったとも言われています。
切腹の間を作るのは武家屋敷の習わしだったようで、武士たるもの、いつでもその覚悟があることを示す必要があったのだと思います。
不浄の間とは、女性が籠る部屋です。 月の一度のさわりがあった時とか、出産の時などはここに籠ったそうです。 昔は不浄と思われていたのです。
こうやって考えると、トイレも、切腹も、不浄もすべて体内から出るものばかり。 そういうものはすべて忌まわしきものとして裏側に封印されていたのでしょうか?
トイレを家の正面に備えていた農家とはそもそも発想が異なるようで面白いですね。
裏側の話から表に戻りましょう。 外の景色を見て気分転換してください。 対岸に落合集落展望所や小さな茶畑などが見られます。
一般に落合集落からの景色と言えば最上部からのものを言いますが、長岡家から見る中腹からの景色も、これはこれでよいものです。
上記動画は長岡家から少し東の場所から撮ったものです。 早朝だとこんな感じで山霧のお迎えもありますし、日の出も楽しむことができます。

今度は視線を更に上、すなわち屋根の方にもやってください。 2種類の草がストライプ上に並べられています。 色の濃い方が茅、薄い方が麦わらです。
傾斜地で育った茅はどうしても曲がっていて葺いた時に隙間ができます。 そんな隙間は麦わらで埋めたと聞いています。
と言うことなので、本来はきれいに茅と麦わらが分かれたりはしません。 ここではまっすぐで上質な茅が使われているためこのようなことができるのだと思われます。
逆に言うと、まっすぎな茅ばかりなら麦わらは不要です。 がそこは観光スポット。 ここを訪れる皆さんのためにこのようなデザインにしたものと思われます。

屋根を観たら奥の間に行ってみましょう。 ここは書院の間でしょか。 さすがお代官さんのおうち、上納金などの事務処理に使われていた部屋と思われます。

奥の間を出たら囲炉裏の部屋に戻りましょう。 そして是非天井を見上げてください。 囲炉裏の煙で黒ずんだ梁とまだ新しい茅がきれいなコントラストを見せてくれています。
是非写真に収めてください。 きれいな写真が撮れますよ。
こうして天井には何も置かないのが祖谷の流儀。 いわゆる吹き抜けです。 おしゃれでしょ?
祖谷では葉タバコが貴重な現金収入源で、どこの家でも宅内に吊って乾かしていました。 そのための天井は張らず吹き抜けになっているのです。

さてこれで大体一巡しました。 そろそろ終わりかな?と思いきや、まだ大物が2つ残ってます。
1つ目は隠し金庫です。 上記写真、見るからに金庫っぽい扉がありますよね。 開けてみてください。 カラクリ、わかりますか?
「しょぼ」っと思ったらたぶんそれは不正解。 「なるほど~」と思ったら正解です。 あなたはちゃんと解にたどり着けますか?
※触ったら元に戻しておいてくださいね

そしてもう1つはこれ、芋ツボです。 サツマイモの保管庫です。
冬の寒さが厳しい祖谷では、芋が寒さで傷みます。 祖谷ではこれを ”シビる” と言います。 シビると折角の保存食が食べられません。
そこで床下に穴を掘り、芋を入れて保管します。 これを芋ツボと言い、古い家には必ず備わっていました。
特に、さすが侍(と言うか上層農家)の家、長岡家の芋ツボは大変立派です。 入り口を入った正面右辺りにあります。 照明もありますので、係の人がいない場合は自分で点灯してお楽しみください。
以上です。 長岡家をお楽しみいただいたら、是非記帳もお願いいたします。
ここは無料なので見学者の人数が把握できません。 記帳の数が人気のバロメーターになります。 貴重な長岡家を後世に残すためにも頑張ってたくさん記帳お願いいたします。

最後におまけです。
庭にこのようなオブジェがあります。 お隣さんが作りました。
お隣さんが作ったのに、長岡家の方に向いて水が出ています。 観光客の皆さんのためです。
お隣さん、粋なことをしますね。

おまけが続きます。
お帰りの際は駐車場まで山側を見ながら歩いてください。 こんな墓があるはずです。
長岡家住宅は実は喜多家隠居屋を譲り受けたものです。 そして喜多家隠居屋は西土井と呼ばれ、落合集落を管轄するお代官の血筋でした。
土井とは集落ごとに置かれたお代官さんの役職名のようなもので、このお墓は長岡家住宅と大変関係が深いものと思われます。
手を合わせてお礼いただければ、ご先祖さんも喜ばれることと思います。
以上、今度こそ、おしまいです。


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