先週、コエグロの作り方について書きました。 今週は作ったコエグロの使われ方について書いてみたいと思います。
祖谷の独特な景観を作り出しているコエグロ。 昔は山の中にありました。
冒険心に溢れていた子供の頃、私たちはよく山の中を駆けずり回っていました。 すると突然視界の開けた場所に行き当たります。 そこに広がるユニークな造形物の数々。 コエグロです。 子どもたちが黙って見過ごすはずがありません。
「秘密基地だぁ~!」。 私たちは歓喜の声をあげます。 そしてさっそく、おのおの中をくりぬき始めます。 小部屋を作るのです。 そして互いに招待しあい、出来栄えを褒め合い、一緒に潜り込んで居心地を試したりして遊びます。
ひとしきり遊んだら今度は怪獣ごっこです。 パンチを入れたり、キックをしたり、みんなで力を合わせて地球を守ります。
そして誰かがドロップキックを始めます。 すると皆が続きます。 誰が一番プロレスっぽいか、順に並んでキックの出来栄えを競うのです。
こうなったらもう止まりません。 今のはよかった!だの、こうやったらうまくいく!だの、ワァワァキャーキャー。 練習は延々と続きます。 そして気がついたら既に日暮れ。 後ろ髪を引かれながら慌てて山を下ります。

と言うことで、今は畑の中にあり、何やら郷愁すら誘うコエグロのある風景ですが、実はこれは人口減と高齢化の産物です。 放棄した畑が増え、その場所にコエグロを作るようになったのです。
しかし昔の人は貴重な畑にコエグロは作りません。 畑から十分離れた荒れ地に茅場を設け、そこにコエグロを作るのです。

と言うことは、使う時には畑に運びこまないといけない訳で、今度は力自慢の大人たちが競争します。 30貫(112.5kg)運んだだの、40貫(150kg)担いだだの、色んな強者が出現します。 一人で100貫(375kg)担いだマキゾウさんなる伝説まで生まれます。
その後、世の中が進化し、索道が使われ始めます。 祖谷ではジャンジャンと呼びます。 空中に番線を張り、ゴマと呼ばれる滑車を用いてコエグロの束を運び下ろすのです。
その終点にはストッパーとして大きな木の枠が組まれていて、山から滑り落ちて来たコエグロの束がガシャンガシャンと当たる光景を何となく覚えています。
このとき輸送に用いたゴマは次の写真の通りです。 下まで着くと、再び茅場まで運ぶ必要がありますが、それは子供の仕事。 20個ほどのゴマを背負って登ったそうで、子供には大変辛い仕事だったようです。

(滑車に用いたゴマ)
かくして山から送られて来たコエグロはカイバと呼ばれる農具を用いて10cm強の長さに切られます。 そしてジャガイモなどを植えた畑の表面に撒くのです。 いわゆるマルチングです。
油分を含んだ茎は雨をよく弾いたそうで、これによって大切な土が流されるのを防ぐことができました。 傾斜地で作物を育てざるを得ない祖谷では土の流出が最大の課題。 コエグロはこれを防止する極めて有効な手段だったのです。

(カイバとフタツゴ)
そしてジャガイモなどの収穫が終わったら今度は肥料として使います。 フタツゴと呼ばれる鍬を打ち込むことで茅を土に混ぜるのです。
こうして土に混ぜたコエグロは徐々に腐って肥料となります。 ジャガイモの後に植えたアワやコキビと言った雑穀はコエグロの肥料で育つのです。
カイバで切ったコエグロはいきなり畑には撒かず、牛小屋の堆肥置き場に置く場合もあったそうです。 こうして牛糞と混ぜられたコエグロは最高の肥料になったそうですよ。
と言う感じで、グランドカバーにも肥料にも用いられたコエグロ。 大変、環境に優しいと言うことで、これを用いた西阿波傾斜地農法は世界農業遺産に指定されているんですよ。


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