先週、先々週と祖谷渓や祖谷街道の紹介をしたので、その経路にある観光スポット ”ひの字渓谷” についても紹介しておきたいと思います。
落合集落同様、ひの字渓谷も最初に目にしたお客様は「わぁ~」と感嘆の声をあげられます。 そしてしばし展望所に佇み、その壮大な景色に見とれます。
ひの字渓谷の楽しみ方としては、それで十分とは思いますが、知識があると更に思い出深いものになるかも知れません。
と言うことで、ひの字渓谷の眺め方を紹介しますので興味のある方はお読みください。

まずこの渓谷ですが、大歩危・小歩危峡と山を挟んで反対側に当たります。 正面に見えるのが国見山と言う山で、それを乗り越えて反対側に降りると大歩危・小歩危峡に辿り着くと言うことです。
正面の山の頂上左側をご覧ください。 鉄塔が見えると思います。 丁度その方向が大歩危、次の写真に示す山頂の向こう側が小歩危になります。

その国見山。 砂質片岩と言う大変硬い岩盤でできています。 この岩盤、壊れる時は縦に割れて落ちます。 なのでいつまで経っても大歩危の崖は崖のまま維持されます。 そしてそれはひの字渓谷側も同じです。

これはひの字の川の様子を拡大したものです。 川の両端が崖のようになっているのがわかりますか? 規模は小さいですが形も色も大歩危・小歩危峡と同じです。
崖の規模の差は川の水量の差です。 もしここに吉野川並みの水が流れていたら大歩危同様の景観が見られたことと思います。 いや大きく蛇行している分、こちらの方がイケてたかも知れません。
なお、この川には水が殆どありませんが、これは上流のダムが水量コントロールしているためです。
下を流れる川は祖谷川。 すなわち大歩危峡を流れる吉野川と祖谷川の間に国見山がある訳ですが、この山はこの辺りで抜きんでて高い標高(1409m)を誇ります。
そのため周囲の様子がよくわかり、戦国時代には敵方の様子を観察する山として利用されたとか。 そんな訳で ”国見山” と言う名になったと言われています。
一方、その反対側、すなわち背中側には中津山と呼ばれるこの辺りで一番高い山(標高1447m)が存在します。 この山も信仰の山として地元民から親しまれています。
と言うことで、中津山と国見山。 威容を誇る2山を遠望すると次の通りです。 いかにこの2つの山が抜きんでているか分かります。 この辺りの住民から愛されるはずです。

そして国見山とひの字渓谷。 時間帯によってはこんな感じで、中津山のシルエットが国見山に映ります。 三役そろい踏みの写真です。

ちなみに、国見山と中津山の間を縫って走る祖谷川と祖谷街道。 下図のように南向きと北向きの道路が交互の繰り返されます。 冬は南向きは雪が溶け、北向きに入るとアイスバーンとなります。 うかつにブレーキなど踏んでスリップした日には170mの断崖絶壁が待っています。 大変注意が必要な辺りです。
子どもの頃はこの道をよくバスで通っていました。 丁度バスにのって1時間ほどのこの辺り。 必ずと言っていいほど車酔いをしていました。
当時は車掌が同乗していて、ビニール袋を渡され、腰のベルトを緩められ、遠くを見るよう指示されました。 その時に見ていたのが次の写真の光景です。 ひの字渓谷展望所から右方向を視線をやると見えます。

当時は木が鬱蒼と生えていて、ひの字渓谷は見られず、目印と言えばこの岩肌だけ。 なので、いつもこれを見ながらビニール袋にゲェゲェしていました。 と言うことで今でもこの崖を見ると当時のトラウマが蘇ります。
そしてその岩肌。 約100年前に祖谷街道ができるその前は、対岸に里道があって、ちょうど岩肌の下あたりを通っていたそうです。 なので、その辺りを目印に視線を左に振ってみると下のような景色が見えます。
真ん中下あたりが横にくびれているのがわかりますか? 里道の痕跡だそうですよ。

と言う感じで、掘っていくとネタが尽きないひの字渓谷ですが、先ほども述べたように、この景色は昔は殆ど見えませんでした。 道路ぶちに背の高い木がたくさん生えていたからです。
それが、外国から来た方々が、この景色に美しさに気付き、木を伐採するように提案したそうです。 そして切ってみたところ、素晴らしい渓谷美が現れたと言うことです。
あっぱれ、外国人! そのおかげで、この地はミシュラングリーンガイドで2つ星をとったり、トラベル+レジャーで訪れるべき世界 50 の旅⾏地の一つに選出されたり、ロンリープラネットで訪れたい場所の世界 6 位に選ばれたりしてるんですよ。

でも、日本人も負けておりません。 ここがひの字渓谷と呼ばれるようになったのは比較的最近のことです。 昔はV字谷などと呼ばれていたそうです。
それが市役所勤務のOさんが言った一言「ひの字みたいですね」が発端となって ”ひの字渓谷” と呼ばれるようになりました。
絶妙のネーミングですね。 このネーミングによりこの地が一層愛されるようになりました。 バス停の名も国ケ滝からひの字渓谷に変更されたそうです。


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