祖谷街道をドライブしてみました

秋の祖谷渓 モデルコース
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先週、祖谷渓ウォーキングと題して、かずら橋~小便小僧まで、散策の仕方を紹介しました。 しかし祖谷渓はそこで終わりではありません。 まだまだ続きます。

その道を祖谷街道と言います。

明治35年(1902年)に着工し、18年の歳月を経た大正9年(1920年)に完成しました。 白地というところから、久保というところまで。 その距離約50kmです。

そのうち、本日は、小便小僧~白地までの祖谷街道について紹介します。 祖谷のかずら橋への帰り道、お時間のある方は是非こちらのルートをどうぞ。 秋は紅葉がきれいですよ。

小便小僧

秋の小便小僧

ここをスタート地点として説明していきますね。 小便小僧については先週も記載したので省略。

霧迷渓

霧迷渓

昔はこの辺りに温泉の湯けむりが立ち込めていたそうです。 そのせいで山人たちが道に迷ったことからこの名がついたと書かれています。

この辺りは奇岩が多く、湯けむりや紅葉と調和してさぞきれいな景観を作り出していたことでしょう。

そして、ここは小便小僧を過ぎてすぐの場所。 ホテル祖谷温泉も眺望できます。 今も昔もこの辺りは温泉だったのですね。

なお、この場所の正式な名称は ”霧迷●(●は鶏の鳥の代わりに谷を入れた字)” と言うようです。 ”●”は特殊文字にてスマホやパソコンでは表示できません。 そこでここでは、読みも意味も同じの ”渓” の字で代用しています。 ●は ”けい” とか ”たに” と読むらしいので、ここの地名は ”むめいだに” と読むのかも知れません。

大宮谷の渓谷

大宮谷の渓谷

大宮橋という橋を渡るとすぐ右にこのような谷沿いの道が出て来ます。

大宮谷の渓谷の看板

入り口にこのような看板があり、

・サンショウウオがいるとか、
・山岳信仰のメッカ中津山の行場ぎょうばがあるとか、
・滝が3つあるとか、

何やら興味深いことが書かれています。

また行ってみてレポートしたいと思います。

とりあえず今日は素通りです。

一里曲がり馬蹄渓

一里曲がり馬蹄渓

こんな景色のところに出ます。

一里曲がり馬蹄渓の看板

この辺りから祖谷街道が西側に膨らむ形で蛇行します。

そのため、渓谷美を楽しめる場所が連続します。

その膨らみが、馬の蹄に似ていたためでしょうか? この辺りを一里曲がり馬蹄渓と呼んでいたようです。

剣山国定公園展望所

展望所

更に行くとこのような案内板の場所に出ます。 この場所は国定公園内なんですよ。 そして祖谷渓谷が一望できます。

展望所からの景色

その景色です。 秋は紅葉がきれいです。

祖谷渓展望台

祖谷渓展望所

国定公園の標識から下流側に向かってすぐのところにこのような展望台もあります。 次のような景色が眺めます。

お弁当やおやつが食べられるようなテーブルもあります。 トイレもありますよ。

祖谷渓展望所からの秋の景色

意味ありげな鳥居

意味ありげな鳥居

なぜかこんなところに鳥居が。 自動車事故があった場所の供養に建てたという説があります。 しかしそれでなぜ鳥居? 

詳細はよくわかりませんが、無視して通るのも憚はばかられ、かと言って意味はよく分からず、とりあえず心の中で手を合わせて通過しましょうか。

祖谷渓グランピングTOMORI

祖谷渓グランピングTOMORI

昔ここはキャンプ場でした。今はグランピングになっているようです。興味のある方は是非どうぞ。
祖谷渓グランピングTOMORI

七曲り

七曲り

グランピングから少し下流に行くとやたら急カーブが連続するところがあります。 ここは七曲りと呼ばれ、大変運転が忙しいところでした。

特にバスは右に左にめいっぱいハンドルを切る必要があり、スムーズに切り抜けた運転手さんはお客さんから拍手喝采を受けてたんですよ。

今は道路が拡張され、それ程でもありませんが、少し片りんは残っています。

祖谷渓最後の景勝地

祖谷渓最後の景勝地

七曲りを過ぎると少しずつ道幅が広くなり、祖谷渓最後の景勝地に出ます。 最後と言うのはここが最後の渓谷美スポットと言う意味です。

植林されたモミジがエメラルドグリーンの川や奇岩と調和して大変美しいですよ。 特に11月中旬~下旬がお奨めと思います。

出合発電所

出合発電所

祖谷川には水力発電所が6つあり、これは下流から2番目のものです。

祖谷は水が豊富なので、比較的早くから水力発電所ができたんですよ。 100年ほど前にこの祖谷街道ができ、機材が運び込めるようになって一気に建造が進んでようです。

出合集落

出合集落

子供の頃、バスで町まで出ていた時は、この出合集落がちょっとした町に見えてました。 今では家も少なくなりましたが、昔はずらっと家や店が並んだ大きな集落だったんですよ。

それが50年ほど前に、大歩危から祖谷に入る県道45号線が完成し、住民も、観光客もそちらを利用するようになりました。 そんな関係で祖谷街道を通る人が激減し、出合集落も一気にさびれてしまいました。

出合集落

そんな中で、なんとか活況を取り戻そうと頑張っている人たちが出合にはおられます。

例えば、上記写真の左下に看板が見えている “ハレトケ珈琲”。 他にも面白そうな店がいろいろありますので、お時間のある方は是非車を降りて散策してみてください。

祖谷口橋

祖谷口橋

祖谷口橋です。 ここら辺りで祖谷川が吉野川に合流します。 なので川はここで終わりなのですが、祖谷街道は続きます。

ということで、通常は橋を渡って国道32号線に出るのですが、本日は更に祖谷街道を白地まで進みます。

大川橋跡

大川橋

するとすぐにこのような橋げたが現れます。 大川橋と言います。 私が子供の頃は、祖谷口橋はまだできておらず、この橋を渡って国道32号線に出ていたんですよ。

そしてこの橋、木賃橋と言ってお金を払って渡ってました。 橋の床には木製の座板が敷かれていて、車が通るとパタパタパタパタ音がしていました。 今にも落ちそうでいつもドキドキしていたのを覚えています。 入り口にはポールが2本立っていて、その幅を超える大きな車は通行できませんでした。

第一吉野川橋梁展望場所

第一吉野川橋梁

第一吉野川橋梁です。 鉄道マニア、特に撮り鉄と呼ばれる人たちに愛されている鉄橋です。 川と奇岩との組み合わせがいい感じでしょ?

白地城跡展望場所

白地城址の風景

対岸にこのような景色が見られたら、そろそろゴールです。

高台の上に、白い建物が見えますか? 昔、この場所に白地城という城がありました。

この地は四国のまん中に位置する交通の要所。 戦国時代は国盗りの拠点として大変大事な場所だったんですよ。 その証拠に、現在放送中にNHK大河ドラマ”豊臣兄弟”。 四国攻めの回では、長宗我部元親がこの白地城に居座って頑張っています。 そしてこの場所の撤退をもって四国攻略が完了します。

白地城についてはまた詳細をかけたらいいなぁと思っています。 とりあえず、今回は車の中から対岸にそびえる白い建物をチラ見する程度でお願いします。 この白い建物は”あわの抄”という宿泊施設ですが、先日閉鎖されました。


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