少し前の話ですが、小中学校時代の級友から久しぶりに電話がかかってきました。
「あのフーテンの寅さんの話(詳細はこちら)の結末は何?」と言うのが要件でした。
「モチベーションはどうやったら湧くのか」との私の問いに、「君はフーテンの寅さんの良さが分からないだろう」と返されたあの話です。
聞けば、その友人も寅さんが心にひっかかり、映画は全編観たそうです。 同じ作品を繰り返し観たとも言っていました。 評論家があまりに褒めるのでその理由を知りたかったのだそうです。
という事で、この話を気にしてくれる人がいたので、続編を書いてみたいと思います。
※ちょっと長たらしくて小難しいことを書きます。。。

(冬イチゴ)
あれは私が会社生活の終盤、社内教育に従事していた頃の話です。 ビジネスマインドとスキルを兼ね備えた次世代リーダーの育成を担当していました。
そして仕上げに事業提言書を書いてもらうのですが、これがなかなか大変。 どう見ても ”そんなこと本当にやりたいの?” と首をかしげるようなものばかり出て来るのです。
「本当にこんなことをやりたいの?」と聞いてみます。 「やりたいです!」。 元気な声が返って来ます。
しかし、「どこに意義を感じているのか?」とか、「これをやって君は楽しいのか?」とか、「どう言う理由で君はこれをやりたいと思うのか?」とか、根ほり葉ほり訊いていくとだんだん様子が変わってきます。
そして最後は逆質問。「提言書ってやりたいこと書いていいんですか?」。
皆さん、どう思います? 自分の提言書なのに、自分がやりたいことを書いてはいけないと思ってると言うことなんですよ。
※たぶん最近の若い人はそんな人は少ないと思います。昔の話です。

(サガリマメイチゴ)
からくりは簡単です。 殆どの社員は、会社の無理難題の下に働き、知らず知らずのうちに、自分を殺さないといけない、会社の方針に従わないといけない、これは仕事だから仕方がない、と言う風な考え方になっていくようです(”ようです”というか、私もそうでした)。
結果、提言書はこう言う方向性で書かないといけない、内容はこんな感じにしなければいけない、と言った先入観に支配され、自分の意見ではない、会社の方針を忖度した提言書が上げられてくる訳です。
しかしそれでは、会社のうわべだけ見て作成することになりますし、自分の本位でもないわけですから、当然体裁だけのうすっぺらい提言書になります。 中身がありません。

(ヂイチゴ)
かくして、まずはそんな考えを改めてもらうことが私の仕事になる訳です。 なので根ほり葉ほり、心の声を聴くのです。 が、実は大変なのはそのあとです。
「わかりました。自分のやりたいことを書いていいんですね!」。 勢いよく帰っていきます。
しかし多くの場合、再提出の期限が過ぎても音沙汰がありません。 「どうしたの?」と電話をすると、「やりたいことが分からないんです。。。」と消え入りそうな声が返ってきます。
しかしそれもこちらは織り込み済み。 「では、君が何をやりたいのか、一緒に考えてみよう」という体で、コーチングや発想法などの手法を用いてガイドしていきます。
そして何とかやりたいっぽいものを抽出し、マーケッティングなどのビジネスフレームワークを活用して提言書の素案作りを始めます。
が、当然そんなトントン拍子に進むべくもなく、何度も何度も軌道修正しながら完成度を上げていくことになります。

(ヒメコウゾ)
このような提言書作成は、半年~1年と言った結構長い期間をかけて行います。 長いと言っても、その程度の期間で真のビジネスネタなど見つかる訳もなく、結局は事業提言を行うためのトレーニングに過ぎません(もちろん本当に事業に結びついたものもあります)。
トレーニングに過ぎないのですが、この経験を通して大きく育つ若者は結構います。 ”本当にやりたいことに向き合う姿勢” が身につくためです。 実はそれがトレーニングの目的でもあります。
しかし、この段階では姿勢が身に付くだけで ”本当にやりたいこと” が見つかる訳ではありません。 更なる切磋琢磨が必要になります。 近道はありません。 王道もありません。
しかしただ一つ、明確に言えることがあります。 同じ環境の中、同じ土俵の上でいくらうんうん唸ってもダメ、と言うことです。
キーワードは ”非日常”。 あるいは ”異体験” 。 もしくは ”不連続”。 そんないつもと違う環境や条件下に身を置くことが発見の手掛かりとなります。
そしてそのような体験を積み重ねることによって身に付くものを ”リベラルアーツ” と言います。 日本語では ”一般教養” です。 ただしだいぶん意味合いは変わります。 専門以外の分野の理解を深めましょう、という意味では同じです。
趣味、娯楽、文化、文学、科学、哲学、宗教、、、。 その範囲は広大です。 なんでもかんでもは無理です。 関連する部分のすそ野を広げていくのです。
モチベーションとか、やりたい事。 それは内面的なもの。 知識や心の醸成なくしてたどり着くことはできません。 その土壌となるのがリベラルアーツであり、広がった裾野。 そう理解しています。

(アケビ)
上記発見は、提言書指導中に突然訪れました。 その日も提言書指導中。 うんうん唸る受講者を見ていた時に突然フーテンの寅さんが降臨してきたのです。
「そうか! そうだったのか!」。 思わず私はガッツポーズ! 20年来の心の棘が取れた瞬間でした。
師匠が伝えたかったのはリベラルアーツ。 この子にはまだ無理、と判断したのでしょう。 「君はフーテンの寅さんの良さがわからないだろう」と、謎めいた言葉だけを残します。
当然意味は分かりません。 しかし何やら否定されていることはわかります。 一体何を否定されているのか??? 気になります。 そして心の棘として残ります。
当然調べたりもします。 フーテンの寅さんについて調べたり、山田洋次監督について調べたり。 もちろん映画も観に行きます。 でもわかりません。
心の棘は少しずつ慢性化し、だんだんと気にならなくなっていきます。 しかし時々、折に触れて鎌首をもたげてきます。 そしてそんなこんなが積み重なったとある午後、突然稲妻が走り、すべてがつながります。 解にたどり着いたのです。 そしてそれがその後の大切な行動指針の一つになりました。
素晴らしい! 何という指導者! あの時、寅さんで例えられていなかったら、ここには到達しなかったかも知れない。 そう思っています。 感謝です!
と言うことで、長々とすみません、フーテンの寅さんの顛末と言うのはこんな話でした。
話が固いので、癒されそうな山の恵みを掲載してみました。 皆様にも恵みがありますように。


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