“自立とは依存しないことではない。たくさんのものに少しずつ依存できるようになることだ”。
東京大学 熊谷晋一郎教授のお言葉です。 村木厚子さんと言う冤罪事件で戦った方の記事に出て来ました。
村木さんと言えば、厚生労働省4人目の女性局長として雇用均等・児童家庭局長を務めた後、内閣府政策統括官、厚生労働省社会援護局長を歴任し、最後は厚生労働事務次官まで上り詰められたエリート官僚です。
そしてエリートだけに、冤罪事件でも自力で戦おうとして苦しみます。 そんな村木さんを救ってくれたのが冒頭の言葉。 これを機に仲間を頼り、冤罪を晴らすターニングポイントに繋がったそうです。
素晴らしい言葉だと思います。 みんながこのような姿勢になれば、そのコミュニティは理想的。 そんな風にも思います。

ここで ”できるようになる” と言う表現も絶妙と思います。
意識して努力しないと人に頼れない。 そんな人が増えていることを意味していると思います。 実際、現代に暮らす多くの人は、人に頼ることをあまり潔しとしない。 そんな風に感じています。
例えば満員電車。 祖谷生まれの私は結構ひとに席を譲ります。 高齢者、体が不自由な人、しんどそうな人、妊婦さん、見かけたら必ず席を譲ります(譲ろうとします)。
しかし、これまでの経験上、だいたい8割がた断わられます。 恐縮して遠慮する人、そんな年ではないと不快そうに言う人、話しかけられること自体が迷惑そうな人。。。 タイプは様々です。
しかし8割も断わられると何が起こるでしょう?
席を譲る人が減ります。 たぶん間違いなく。
善意のつもりが迷惑そうなリアクションを返されます。 結構へこみます。 こんな私でも、失敗体験がトラウマとなり、声を掛ける際、ストレスを感じ始めたりしました。
日本の満員電車。 お年寄りが立ってようが、妊婦さんが辛そうにしてようが、気付かぬ体を装う人のなんと多いことか。 その原因は、席を譲らない道徳心の欠如に他ならないと思います。
思いますが、そのような人たちはとりあえず放っておいて、善意ある人達の間だけでも努力して依存してみませんか? 気持ちよく席を譲ってもらうようにするのです。
私は好きで立ってるんですよとか、席を譲られるのは気の毒で仕方がないとか、いろいろ事情はおありかと思います。
おありかとおもいますが、そこを曲げて、「ありがとう」と気持ちよく厚意を受けるのです。 自分が少し譲歩することで、譲った側も幸福になり、電車の中にもよい空気が流れます。
そして皆がそのような行動をとれば、電車の中が笑顔と暖かい空気に包まれた素晴らしい空間に変わっていくかも知れません。 見て見ぬふりする不届き者もさすがに居心地が悪くなることでしょう。
と言うことで、熊谷晋一郎教授が ”できる” と言う表現を使ったのはそういうことではないかと思っています。
すなわち ”意識して努力しないと依存はできないんですよ”、”努力して依存することが大変大事なことなんですよ”、と、そんなことを我々に教えてくれているのではないでしょうか?

と言うことで、席を譲ってくれる人がいたら喜んでその厚意に甘えるようにしている私ですが、当然ながら祖谷での暮らしも同様です。
料理の差し入れは喜んでいただきますし、「一杯呑んでいくか?」と言われたら「ほな、ちょっとだけ」と上がり込みます。 「畑の野菜持っていけ」と言われたら「ほなコレ」と指さしますし、ご飯食べにおいでと言われたら遠慮せずにお言葉に甘えます。
その代わりと言っては何ですが、私も人の助けになることを進んでやります。
TVやスマホが変になったと言われれば助けに行きますし、車がなくて困っている人がいたら送迎をしたりもします。 雪の朝の雪かき、水源の管理、生活道の清掃など、頼まれなくてもやっていることも多々あります。
たまたまですが、会社員時代の友人が遊びに来た時、「蛍光灯を換えてほしい」と高齢者から電話がありました。 「はいはい」って感じで対応する私を見て、「そんなことまでやってるの?」と友達は驚きます。 「そんなことまでしてたら白ちゃん潰れるよ」とたいそう心配もしてくれました。
ごもっともと思います。 でも大丈夫。 まったく心配いりません。
なぜか?
祖谷の人は過度に依存して来ないからです。 皆さん、本当に困った時しか連絡をしてきません。 蛍光灯も一度失敗したら基本的に二度目はありません。 ちゃんと対策するからです。
人と人の距離が近い祖谷。 どの程度までなら依存してよいか、その距離感が肌感覚で身に付いているように思います。

と言うことで、祖谷では自立と依存がちょうどよいバランスで成立しています。
生活環境が厳しいため、自立していないと生きていけませんし、依存もしないと生きていけません。 その結果、みんなが互いに少しずつ依存しあう理想的なコミュニティが出来上がっている。 そのような感じがします。
そして祖谷を訪れた都会の皆さんの皆さん。 そんな祖谷にハマる人が時々いらっしゃいます。 景色に惹かれて訪れたはずが、予期せぬ人の人情に触れ、心動かされるのでしょうか? 涙ぐみながらハグしてお帰りになるお客様もおられます。
すっかり人間関係が疎遠になってしまった日本。 知らず知らずそんな社会に毒されていたことを祖谷を訪ねて気づくのかも知れません。 だとすると、このようなコミュニティは日本にとっては大きな財産と思います。
ということで、これをお読みの田舎の皆様。 この話は祖谷に限るものではありません。 今となっては田舎にしか残されていない古き良き日本の伝統。 お互い頑張って残していきましょう!

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