ご挨拶
祖谷に生まれ、祖谷に育ち、祖谷をこよなく愛する私です。
祖谷のため、自分のために一旦外に出ましたが、2022年5月、満を持して戻ってきました。
すっかり限界集落と化した祖谷。
その運命に抗うべく日々奮闘しています。
同時にネットを通じて祖谷のファン作りにも精を出しています。
祖谷の内外を問わず、祖谷好きの人たちが手を取り合って、この美しい祖谷を後世に残すことができれば本望です。
そのために、まずは私自身が、恥も外聞もなく、自分をさらけ出します。
こんな私ですが、祖谷や地域活性化に興味がある皆様、良かったらお問合せ欄からコンタクトください。
今やっていること
- 集落支援関連: 集落自治会長、集落地区住協会長、地元消防団団員
- 地域活性化関連: 雑穀生産組合会員、四国雪合戦連盟会員、LINEグループ活彩祖谷村事務局
- 観光関連: よびごと案内人会員、みよしジオガイド会員、龍宮崖観光案内所会員
- 教育・文化関連: 三好ジオパーク推進協議会会員、三好ものづくりカレッジ運営委員、三好市文化財巡視員、東祖谷中学校学校支援員
- その他: ブログ、主婦(母親の介護)
経歴
- ~中学時代
・祖谷生まれ、祖谷育ちです。東祖谷村立栃之瀬小学校、東祖谷中学校卒業です。
・親戚も多く、近所の人も優しく、愛情たっぷりに育った私は祖谷大好き人間になりました。
・が、周りの人たちが優しすぎました。 ”ずっといたらダメになる” と思い、”将来は戻る” ことを胸に抱きつつ、とりあえずは外に出ることを決意します。子供って結構冷静に物事を見てる? - 高校時代
・祖谷には進学高がなく、親戚の家に下宿して徳島県立池田高等学校に通います。一時甲子園を沸かせたあの池田高校です。
・理数科に合格したのですが、周りが優秀でコンプレックスに陥りました。以後大学4年まで意欲のないぐうたらな生活を送ることになります。 - 浪人時代
・ぐうたら人間が大学に合格する訳もなく京都で浪人生活を送ります。
・住んでみたかったと言うだけで選んだ京都でしたが、周りは難関大学を目指す人たちばかり。気が付くと自分もそれが当たり前になっていました。驚きです。環境って恐ろしい。 - 大学時代
・京都の次は東京ということで、片っ端から東京の大学を受験したらラッキーにも慶応義塾大学工学部(現理工学部)に合格しました。
・依然としてぐうたらな生活は続き、せめてとの思いからアルバイトだけはやりました。チリ紙交換、夜間工事現場の交通誘導員、喫茶店のウエイター、建築現場の作業員、郵便配達員、家庭教師、進研ゼミの赤ペン先生。どれもその後の人生に結構役に立っていると思います。
・ハイソでおしゃれな人たちだらけのキャンパス。非常に場違いな私でしたが、これも環境のなせるわざ。そんな人たちへの気後れは無くなりました。これも大変よい経験だったと思っています。
・ぐうたらな生活を送りながらも根は真面目な私。4年生時の研究室は敢えて厳しいところを選びました。これがよかった。国際学会などで活躍する同い年の先輩を見て、私はいったい何をやっているんだろうと目が覚めました。以後、今日まで、結構真剣な日々を送っています。 - 大学院時代
・院で頑張る同い年の先輩に刺激された私は、”もうちょっと頑張ってみたら?”という指導教授の甘い言葉に乗ってしまい、大学院にも行くことになりました。
・2年間の院生活を一心不乱に送ることで、だいぶん心の澱は清算できました。しかし軽薄な性根の程は変わっておらず、先に入社していた後輩Y子ちゃんの誘いにフラフラと乗り、三菱電機に就職することになりました。 - 三菱電機時代序盤
・入社に際しては大学院時代の研究テーマ継続を希望しましたが、そのようなものはやってないと騙されました(実はやっていた。後でわかった)。じゃあ、どこでもいいです、とまた軽薄ぶりを発揮したら、当時一番競争が激しかった半導体に配属されました。
・しかし半導体の競争相手は世界。おかげで目線が上がり、英語アレルギーもなくなりました。半導体で良かったと思いました。
・入社6年目、高度開発型技術者を標榜する ”人間工学塾” という社内塾に入れられました。ここは ”三菱電機の虎の穴”。大変厳しいところで、企業人の何たるかを叩き込まれました(軽薄さがだいぶん是正された)。私の人生に影響を与えてくださったたくさんの恩師にも出会えました。この会社を選んでよかったと思いました。 - 三菱電機時代中盤
・とあるプロジェクトでアメリカに行くことになり、ベル研究所と仕事をしました。衝撃でした。しくみ作りの重要さ、役割分担の正しい姿、目先の事に囚われない仕事の進め方など、たくさんの学びを得ました。
・反面、日本の会社のあれこれにはたくさん不満を持つようになりました。虎の穴で育った私は結構あっちこっちで衝突しました(衝突するように教育された)。その甲斐あって会社が持つ事情や表裏、ひいては社会の構造など、色々学びがありました(詳細は省略)。 - 三菱電機時代終盤
・一線を離れ、人材開発センターという社員教育を生業とする職場に異動になりました。虎の穴出身の私は技術だけを教える講座は肌に合わず、ビジネスマインドやビジネススキルを教える講座を中心に仕事させてもらいました。
・が、経営コンサルタントや経営学の先生方がよく出入りしていたこともあって、逆に私の方がたくさん学びを得ました。
・その頃AIが台頭してきたので、会社人生の集大成として、AIの事業活用を考える提案型技術者育成に従事しました。同時に、祖谷にUターンする準備も行いました。その詳細はこちらに記載の通りです。 - Uターン後
・2022年5月17日、祖谷に戻ってきました
・まずは基盤作り、人的ネットワーク作りを行うべく、4分野をターゲットに様々なコミュニティに積極参加しました(詳細は”いまやってること”に記載の通りです)。
・だいぶ地固めができて来たことを受け、2026.5.2に自分をさらけ出したこのプロフィールを公開し、次のステップに向けた新たな出会いを模索することにしました。
(比較的)得意なもの
- 祖谷・大歩危の観光ガイド: 当たり前か
- 数学、物理、英語: 高校生くらいまでならたぶん教えられるか
- 半導体、LSI: たぶん基礎からわかりやすく説明できる。ただしまとまった時間が必要
- IT、AI: 説明できる。技術的詳細は説明できない
- プロジェクトマネジメント: 分野にもよるが、これは本職ので結構できる
- ロジカルシンキング、ドキュメンテーション: 自分流だが結構語れると思う
- ファシリテーション、ビジネススキル: 自分流だが結構語れると思う
※2~4:都会の子供たちは義務教育の頃から学び始めています。祖谷の子供たちにもそのような環境を作りたいと思っています。同志募集中。コンタクトはお問合せから。
※5~7:こちらは大人向けです。祖谷あるいは三好市で何か事業をやりたいとか、何かを大きく変えたいとか、そういう場合にお手伝いできると思います。興味のある人はお問合せから。
苦手なこと・苦手なもの
- 東西南北(方向音痴)、片付け、色彩感覚、色をはみ出さずに塗ること
- 読書、瞑想: 静かにじっとしてるのが苦痛
- ホヤ、サンマのはらわた、鯛の粗煮の目玉、マグロの兜焼き: 海の珍味は総じて苦手
- ゴルフ: 下手の横好きの典型
- 身体的苦痛: 精神的苦痛との対比で考えて
- 即断即決: ぼ~っと大事なことをやる過ごして後悔する
- 最後までやり抜くこと: 目鼻が立つと興味が失せる
- 長時間同じことをやること: あきっぽい
その他
- 自己紹介に関するブログはこちら