推し活のすすめ(M亜さん と J子さんの話)

祖谷の山の遠望 移住の奨め
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「うちの子、祖谷いや生まれ、祖谷育ちって言える~!」

突然すみません。 祖谷への移住者 M亜さん のお言葉です。

数年前にお子さんが生まれたのですが、何が嬉しいと言って、自分の子どもが “祖谷生まれ・祖谷育ち” になることが心から嬉しいのだそうです。

びっくりです! 祖谷への賛辞はいろいろ耳にしましたが、これ以上の言葉はありません。 聞いてるこちらの方が嬉しくなります。

雑穀の種撒き準備

そんな祖谷愛満載のM亜さん。 これ以上の人はいないかと思いきや、そんなことはありません。 J子さんと言う強敵が現れます。

旅行か何かでたまたま祖谷を通りかかったJ子さん。 祖谷の一部を通り過ぎただけでとりこになります。

なになに? ここはどこ? そしてすばやくメモします。 “東祖谷” と書いた地名案内板の文字です。

当然すぐにその名を調べます。 祖谷にも訪れます。 宿で宿泊もします。 そしてまずは鳴門市に移住します。 祖谷に通うためです。 最後にとうとう祖谷に移住です。

なんだ、普通じゃないか。 しかも手堅い。 そう思われるかも知れません。

しかし驚くなかれ、彼女は祖谷に知り合いも頼る人も全くいない状態で移住して来たのです。

知り合いがいないので家探しも自力です。 市の施策に頼るしかありません。

しかし空き家バンクに祖谷の登録はありません。 祖谷の人は空き家バンクに登録しないのです。

でも移住者を増やしたい市の職員。 「池田町が便利ですよ」。 「山城町が近いですよ」。 市内の異なる場所ばかり推奨します。

それにもめげず、「ひ・が・し・い・や」を連呼し続けたJ子さん。 やっとの思いで祖谷の集落支援員に辿り着きます。 そしてその力を借りて、空き家探しに成功します。

落合集落から見た風景

しかし。 それにしても。 恐るべき行動力。

見ず知らずの土地に単身で乗り込む。 一体何に惹きつけられたのでしょうか? それとも運命を感じたのでしょうか?

何が彼女をそこまで大胆にさせてのかはよく分かりませんが、時の経つことかれこれ3年。 J子さんは(つい)の棲家を見つけたがごとく、毎日を楽しく過ごしておられます。 会うといつも目をキラキラさせ、如何にここの暮らしが楽しいかを力説してくれます。

祖谷の農家家

こんなM亜さんとJ子さん。 当然、惹かれ合わない訳がありません。 まるで生まれる前から深い絆で結ばれていた同志のごとく、一糸乱れぬ意気投合ぶりです。

そして事あるごとに祖谷の話で盛り上がります。 まるで恋バナに興じる女子高生。 ”東祖谷” と言う言葉の響きがいいだの、祖谷雑穀生産組合の帽子がかっこいいだの、意味不明な言葉を口にしては二人で喜んでいます。

祖谷雑穀生産組合の帽子

しかしこの二人、よくよく話を聞いてみると、そんな表面的な理由だけで祖谷にハマっている訳ではないようです(当たり前ですが)。

「本来こうあるべきだよね?」とか、「よく考えたら当たり前だよね?」とか、そんな学びが祖谷の生活には転がっていると言います。

例えば共同作業。 「都会では長老、祖谷では駆け出し」と二人は楽しそうに笑います。 年齢層の高い祖谷では40代、50代はほんの駆け出しという意味です。 

そう言われれば、祖谷では80代でも元気に動きます。 集落の集会などもじっとはしていません。 会場設営~運営、片づけまで、皆がせっせと働きます。 そこには、上下関係も、肩書も、不要な気遣いもありません。 誰もが分け隔てなく動く。 それが当たり前です。

「私は何をしたらいいの???」。 あうんの呼吸で動く地元民に交じり、右往左往するJ子さん。 駆け出しだもの。 仕方ありません。

「でもこれって当たり前のことだよね」。 皆が平等に動くその光景を見ながら、駆け出しさんの目はお宝を見つけた子どものように輝きます。 

コエグロのある風景

”他人事的感覚” というような言葉もよく耳にします。 高度にシステム化、分業化が進んだ都会。 その弊害として、”自分がやる”感覚を失いつつあるのでは?と心配します。

しかし祖谷では違います。 自分のことは自分でやるが基本です。 そうでないと生活できません。

最たるものは水の管理です。 祖谷では水は完全自己管理です。 水源地の確保から日々のメンテに至るまですべて自分の責任です。 なので水の状態には敏感です。 何か違和感があればすぐに行動を起こします。

都会では違います。 水道水の管理は水道局です。 便利ですが、危機意識も薄れます。 他人事にもなります。 仕方のないことです。 実際、水道トラブルがあった場合、祖谷では「しまった!」と思いますが、都会では「水道局は何をやってるんだ!」と思います。

他にもあります。 例えば、美化活動。 祖谷では誰もが日常的かつ自発的に自宅の周りを清掃します。 雑草は大きくなると抜くのが厄介。 なのでこまめに草取りに精を出します。

しかし都会では、クリーンデーと称して自治会から召集がかかった時だけ清掃活動を行います。 年に数回の話です。 その程度の回数で済むようにあちこちコンクリートで固めらてもいます。 街路樹周辺には雑草が生えますがそこは業者がやってくれます。 かくして、自分が住む町の美化活動も自分事ではなくなっていきます。 

祖谷の川

と言う感じでこれまでと異なる暮らしを体験しているM亜さんとJ子さん。

誰もが分け隔てなく活動する。 自分のことは自分でやる。 自分たちの町は自分たちで守る。

よく考えたら当たり前のことばかり。 そんな当たり前のことに改めて気づく。 そんな毎日が新鮮なのかも知れません。

ツアーで案内させていただく観光客の皆様は、地元の人と交流できると大変喜ばれます。 教育民泊(修学旅行)でうちに来る子供たちは、ここの暮らしを体験して非常に興奮します。 茅刈りや農業体験と言った作業に、自腹を切って駆け付ける方もたくさんおられます。

多くの方が田舎に非日常を求め、いつもとは異なる体験に満足して帰られます。 しかしこの程度の接触では効果はすぐに薄れるでしょう。 潤った心もすぐに乾くに違いありません。

しかし、「これって本来そうあるべきだよね」とか、「よく考えたら当たり前のことだよね」とか、そんなレベルまで交流が深められたらどうなるでしょう。 ひょっとしたら自分が変わるきっかけになったりするかも知れません。

毎日をキラキラ過ごすM亜さんとJ子さんを見ていると、ついついそんなことを考えてしまいます。

これは祖谷に限ったことではありませんが、自分がくつろいだり安らいだりできる自分にあった田舎を探しだし、定期的、あるいは長期的に関わりを持つ、そんな推し活のような付き合い方ができるようになると、M亜さん、J子さんのようにキラキラした毎日が送ることができるかも知れません。

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