3週間前に”車で回る初めての大歩危・祖谷(1泊2日モデルコース)”、2週間前に”乗合バスと徒歩で回る初めての大歩危・祖谷(1泊2日モデルコース)”を書きました。
いずれも移動時間が長く、観光の大半が車中。 しかも狭くてクネクネした道。 「祖谷は移動が大変なんだよねぇ」。 そう思われるかも知れません。
しかし折角の祖谷。 移動時間を単に移動だけに費やすのは勿体ない。 車の窓の外にはきれいな景色。 見どころもたくさんあります。
と言うことで、今週と来週の2週に分けて、窓から見える景色について紹介します。 単なる紹介ではつまらないので ”うんちく集” としてまとめてみました。 この話はあなただけの秘密。 是非内緒にしておいて車の中でうんちくを語りましょう。 盛り上がること必定と思います。
では今週は大歩危~祖谷のかずら橋までの西祖谷黄金ルートについて紹介します。 下記ルートマップを参考に、タイミングよくうんちくを語ってくださいね。
- 大歩危遊覧船は舟下りじゃないのに舟下りと言う(大歩危峡まんなか)
- 大歩危には民家が1軒もない(道の駅大歩危・妖怪屋敷あたり)
- 大歩危駅は大歩危にない(大歩危橋あたり)
- 祖谷では斜面を上り下りするだけで植物の種類が変わる(平家屋敷民族資料館あたり)
- 祖谷では通勤途中に雲海が楽しめる(祖谷トンネル入り口付近)
- 祖谷には異次元の世界をつなぐトンネルがある(祖谷トンネル)
- 祖谷川水系に入ると中津さんが迎えてくれる(祖谷トンネル出口~)
- 祖谷の温泉は天然記念物の上に建つ(秘境の湯)
- 祖谷の道は二車線にしても渋滞が緩和されなかった(一宇分岐)
- 祖谷には祖谷美人という言葉がある(祖谷美人)
- 祖谷では最近までボンネットバスが走っていた(ホテルかずら橋など)
- 祖谷の道はかずら橋までが2車線である(祖谷のかずら橋)
大歩危遊覧船は舟下りじゃないのに舟下りと言う(大歩危峡まんなか)

大歩危についてはこちらで詳しく書いていますので改めて同じ紹介はしませんが、一点だけ、これまで書いていない話をします。
大歩危峡まんなかの ”舟下り” です。 舟下りとは川を舟で下っていくことです。 そして ”舟” は手漕ぎを意味します。 保津川峡の舟下りがまさにそれです。
しかし大歩危の船は途中でUターンして戻ります。 エンジンも使います。 これは遊覧であって舟下りではありません。 そもそも ”舟” でもありません。 ”船” です。 実際、ホームページでも ”遊覧船” と書いています。
でも、看板には ”舟下り” と書いています。 なぜか? 実は戦時中の名残りだそうです。
遊覧船には ”遊ぶ” という字が入っています。 ”挙国一体!”、 ”欲しがりません勝つまでは!”、 勇ましいスローガンばかりの戦時中においては ”遊び” などもってのほか。 ”遊”の字を使うことすら憚られたそうです。
そこで戦時中は類似語の ”舟下り” を使用していたとか。 今も看板にその名残りが残っているのだそうです。
大歩危には民家が1軒もない(道の駅大歩危・妖怪屋敷あたり)

大歩危峡まんなかから国道32号線を高知方面に進むとすぐに上記写真の建物が左に見えます。 ここは道の駅大歩危、ならびに妖怪屋敷です。 大歩危と言えば妖怪。 様々な妖怪伝説が残っています。 そして妖怪屋敷はその本丸のような所です。
ここでもう一つ注目して欲しいものがあります。 景色をよくご覧ください。 ここに来るまで民家が一軒もなかったはず(商業施設や公共施設はあります)。 妖怪屋敷から下流2kmほど、すなわち大歩危と呼ばれるエリアには民家が一軒もありません。
ここは地質的に地盤が大変固いところ。 だからこそ大歩危は巨岩で有名になったのですが、農作物は作れません。 作物が作れないところには人は住まず、民家もないのです。
詳しい話は ”大歩危・小歩危はなぜオオボケ・コボケと言うか?” にも書いていますので、興味があればご一読ください。
大歩危駅は大歩危にない(大歩危橋あたり)

妖怪屋敷から更に車を進めると民家が見え始めます。 柔らかい地質に変わったのです。 それなら人は住めます。 民家も増えてきます。 車窓からは是非ご確認ください。
地質が柔らかいということは掘削もしやすいということで、祖谷への道もそんな柔らかい地盤を工事して作られています。
と言うことで、民家が見え始めたら左折です。 ”祖谷のかずら橋” という看板がでているところです。 大歩危橋という大きな橋を渡ります。
そして橋の突き当りを見てください。 上記写真の看板があります。 この人はこの辺りの地域活性化の中心人物です。 手に持っているのは ”ぼけあげ” です。 ここの名物です。 看板を左折すると歩危マートというものがあり、そこで売っています。 大歩危駅もその先にあり、見どころもたくさんあります。 詳細はこちらに書いた通りです。
私達は、この看板を右に折れて、祖谷に入ります。 県道45号線を行くのです。
と言うかここは既に祖谷。 橋を渡ったところからが西祖谷なのです。 なので、大歩危駅も実は西祖谷にあります。 大歩危にはありません。 東京にないのに東京ディズニーランドというのと同じです。
祖谷では斜面を上り下りするだけで植物の種類が変わる(平家屋敷民族資料館あたり)

暫く進むと上の写真のような景色に出合います。 ここは ”平家屋敷民族資料館” です。 平家一族とともに落ちて来られた安徳天皇の御典医の家とされているところです。
傾斜地だらけの祖谷でもここは特に傾斜の厳しいところ。 少し斜面を行き来するだけで標高が変わり、生えている薬草の種類も変わります。 なのでここでは様々な薬草が簡単に手に入ったそうです。
そう言えばこの辺りは車道も傾斜が厳しいところ。 雪があるとスタッドレスタイヤでも登れません。 その傾斜の厳しさに目をつけてこの地で医者を始めたのですね。
ちなみにこの辺りは猿のテリトリーでもあります。 是非注意して外を眺めてみてください。 野生の猿に出合えるかも知れません。 猿も傾斜の厳しさに目をつけて多様な果実を楽しんでいるのでしょうか?
祖谷では通勤途中に雲海が楽しめる(祖谷トンネル入り口付近)

祖谷トンネル付近まで来ると景色も一変します。対岸の山々が美しい山容を私たちに見せてくれます。
そしてここは雲海でも有名な場所。 早朝なら写真のような雲海がたびたび見られます。 実際この写真も朝ゴルフにいく途中で撮ったものです。
ここは祖谷の内と外をつなぐ幹線道路。 祖谷に働きに入る人、祖谷から働きに出る人など、皆さんこの道を通ります。 なので通勤途中によく雲海を見ます。 と言うか、本当は見ません。 当たり前になりすぎると人は無関心になります。
祖谷には異次元の世界をつなぐトンネルがある(祖谷トンネル)

県道45号線の最上部 ”祖谷トンネル” です。 祖谷で2番目に長いトンネルです。 私はここを”異次元のトンネル”と呼んでします。
というのは、このトンネルの向こう側は祖谷川水系、こちら側が吉野川水系、文化圏が変わります。
すなわち吉野川側は四国四県のちょうど合流地点。 国盗りの要所にて戦国時代から荒くれどもが闊歩していました。
しかしトンネルの向こう側は米もとれない辺境の地。 交通の要所でもなく土地を奪い合う理由もありません。 結果、吉野川水域とは一線を画した呑気な農山村文化が育まれます。
気候も違います。 冬はトンネルを超えると突然雪国だったりします。 逆に向こうからこっちに来ると、突然雲海が開けてたりします。
ここはそんな異なる世界をつなげるトンネル。 トンネルの先にはディープな祖谷が待っています。 お楽しみに。
祖谷川水系に入ると中津さんが迎えてくれる(祖谷トンネル出口~)

祖谷トンネルを抜けるとすぐ正面に存在感のある大きな山が見えてきます。 ”中津山” です。 ”ようこそ、祖谷へ” と迎えてくれているようです。
この山は標高1447m。 この辺りでは群を抜いて高い山です。 祖谷では珍しく裾野が広い雄大な山容をしており、毎年神事が行われる信仰の山でもあります。
祖谷トンネルから少し下がると展望所があり、上の写真はそこから撮ったものです。 右下に見えるのは ”一宇” と言う西祖谷の中心集落です。 そんな一宇を雄大な裾野の懐に抱え、中津さんがあなたを温かく迎えてくれています。
祖谷の温泉は天然記念物の上に建つ(秘境の湯)

中津山が見えなくなると色々構造物が増えてきます。 まずは右側に ”道の駅西祖谷”、すぐあとに ”秘境の湯”という温泉宿、そしてカーブを曲がった左側に ”フォレストアドベンチャー” というジップラインなどの施設があります。
この辺りは ”含レキ片岩” と言う県指定の天然記念物がある辺りで、たぶんこれら施設はそんな天然記念物の上に建っています。 というのは、ここの施設を工事した際に出てきたと思われる岩石が下の河原にたくさん転がっています。 それはそれは見事な含レキ片岩なのです。
一応、地質好きの方もいらっしゃるかもと思って書いてみました。 そうでない方はスルーしてください。 どうしても気になる方はこちらの③にも少し書いています。
祖谷の道は二車線にしても渋滞が緩和されなかった(一宇分岐)

祖谷川沿いまで降りてきました。 祖谷川にかかる橋を渡ると上のような光景が見えます。 私たちは右に行きますが、左の道に入ると先ほど紹介した ”一宇” 集落です。 そして突き当りを左右に走っているのが旧街道です。 104年前にできた道で昔はそちらが幹線でした。
皆さんがいま通って来た道は50年前にできた新道です。 祖谷のかずら橋が有名になり、車による観光客が増え始めた昭和後期、祖谷でも交通渋滞が問題となりました。 対策として片側1車線ずつの2車線道路が作られた訳です。
しかし渋滞は緩和されませんでした。 なぜか? かずら橋の駐車場が足りなかったのです。 いくら道を広くしても駐車場がなければ渋滞は収まりませんよね。
と言うことで、それから約20年後の1996年に ”夢舞台” という観光施設と大規模駐車場が完成し、やっと渋滞が緩和されました。
祖谷には祖谷美人という言葉がある(祖谷美人)

ここは ”祖谷美人” という名の温泉宿です。 そばを中心としたお食事処でもあります。
皆さま、”秋田美人” という言葉はご存じかと思いますが、祖谷にも ”祖谷美人” という言葉があります。 お世辞でしょうか、外の人からそのように言われていたようです。
日陰が多くて直射日光にあまり当たらず色白の人が多いからでは? とある方がそのように推測していました。
祖谷では最近までボンネットバスが走っていた(ホテルかずら橋など)

祖谷には最近まで公共交通手段としてボンネットバスが走っていました。 近代化が一番後回しになったためと思われます。 しかしそれが郷愁を誘うと人気になり、一時ひんぱんに旅行雑誌で取り上げられました。
そんな背景もあってか、ボンネットバスをプライベートで所有している事業主さんが何軒かあります。
ホテルかずら橋もその一つで、ここに宿泊すると、夜ライトアップされたかずら橋をボンネットバスで観に行くことができます。
ホテルかずら橋の前にあるかずら橋タクシーにもボンネットバスが置かれています。 是非ご確認を。
祖谷の道はかずら橋までが2車線である(祖谷のかずら橋)

ホテルかずら橋を通過してまっすぐ進むと上のような光景に出合います。 今久保集落です。 祖谷の集落の多くはこのような傾斜地に存在します。
そしてそのまままっすぐ行くと祖谷のかずら橋、左に行くと東祖谷です。
ここで東祖谷への道がいきなり1車線になります。 向こうから車が来るとどこか広いところで対向しないといけません。
と言うことで、両側2車線なのは、観光客が多い祖谷のかずら橋まで。 ここから左は更にディープな祖谷。 非日常のルツボです。 詳細は来週をお楽しみに。
以上、大歩危峡~祖谷のかずら橋までのうんちくでした。 かずら橋のうんちくは省略しましたが、知りたい方はこちらをどうぞ。


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