陸の孤島と言われた祖谷。 それは徳島藩を統治した蜂須賀家によって陸封されたことが原因です。 (詳細は”喜多家(祖谷の歴史を変えた3つの出来事 その3)”参照)。
そしてこの封鎖、祖谷の時計を止めました。 古い習慣やしきたりが20世代以上の年月を越えて引き継がれ、昔ながらの風土・風習・文化や独特な景観を今日まで残す原因となったのです。
その典型の一つが神社です。 祖谷と言う閉鎖された空間で、先人の言い伝えを守り続けてきた結果、県下1,2を争う大樹を始めとする立派な社叢*が祖谷のあちこちに残る結果となりました。
*神社の境内にある樹林のこと、または神域を構成する樹木のまとまりのこと
中でも”東祖谷の社叢群”として県の重要文化財に指定されている7神社は、なぜかその殆どが標高750m前後に位置します。 この高さ、暖温帯と冷温帯を言う異なる気候帯の境界に位置し、暖かいところで育つ木と、寒いところで育つ木の両方が生息する豊かな神社となりました。
と言うことで、本日はこの7つの神社について紹介したいと思います。 所在地は下記マップの通りです。
①三社神社、②鉾神社、③八幡神社、④住吉神社、⑤三所神社、⑥八幡神社、⑦愛宕神社
三社神社(釣井集落、標高735m)

まずはここ、釣井集落の三所神社です。 県下最大のイタヤカエデがあるとされています(されています、と言うのは私もまだ確認できていない)。 後はアオキもたくさんあるようで、冬に行くと雪景色の中にきれいな赤い実が楽しめるものと思われます(あるようでというのもまだ未確認だから)。
そして、ここの最大の魅力は 祖谷のミニチュア”釣井集落” の中に存在することかと思います。 祖谷の暮らしを象徴するような景色が詰め込まれた釣井集落。 その最上部、すなわちゴール部分にこの神社が存在します。 是非途中の景色を楽しみながら訪れたい神社です。
鉾神社(大枝集落、標高850m)

2つ目はここ大枝集落の鉾神社です。 大枝集落は平家落人が初めて足を踏み入れた地とされ、数多くの伝説が残っています。
第一に鉾神社の名前。 落人の棟梁平国盛(教経)が鉾を奉納したことからこの名になったと言われています。
神社の裏には国盛が記念に植えられたとされる樹齢840年の大樹鉾杉(別名国盛杉)があります。 もちろん県下最大の大きさを誇り、県の重要文化財(天然記念物)にも指定されています。
更に少し下がると、平家落人たちが地元侍の急襲を返り討ちにしたと言われる七人塚などもあります。
その後、祖谷の要所だったこの地は、江戸時代には新たな当主喜多家が治め、明治に入るとタバコ専売支所が設けられたりしています。
時代を越えて様々な歴史が交差する大枝集落。 その中心となるのがこの鉾神社です。 是非周辺観光スポットと合わせてお楽しみください。
八幡神社(栗枝渡集落、標高720m)

県下最大のトチノキ(2年ほど前に倒木)やエゾエノキをはじめ、ケヤキ、スギ、ウラジロガシ、シロダモ、ヤブツバキなどの巨木に囲まれた自然豊かな神社です。
安徳天皇ゆかりの神社で、そのご火葬場があったり、地元の人から”八幡さん”として親しまれていた安徳帝のお祭りもここで行われていました。
これら詳細はこちらに記載しているので、ここでは省略いたします。
住吉神社(奥ノ井集落、標高680m)

ここはいま住民が1人しかいない奥ノ井という集落に属し、祖谷の中でも集落外の人にはあまり知られていない謎の神社です。 そもそも海の神を祀るはずの住吉神社がなぜこんな山の中にあるのか? 誰しもがそんな疑問を抱くのではないかと思います。
平家落人の棟梁阿佐家の系譜によると、平国盛のひ孫である貞盛がここ奥ノ井集落を統治したとあります。
近くに、県の指定重要文化財“奥ノ井阿弥陀堂「阿弥陀如来坐像」”があり、その光背に、天文20年(1551年)平清実、平吉盛、平又五郎、平弥六、平八百千、平二郎三郎、平二郎五郎との墨書があるそうです。
安徳帝の宮殿があったとされる栗枝渡集落から奥隣りに位置するこの集落は古くから平家落人にゆかりのある地だったのかも知れません。 そして平氏と言えば水軍。 そんな関係から海の神を祀る神社がこんなところにあるのでしょうか? すみません、ただの憶測です。
ちなみに阿波誌によれば、ここ住吉神社は元禄2年(1689年)に重造されたと書かれているそうです。 重造、すなわち大規模に作り直されたのが元禄2年と言うことなので、どれほど前かは分かりませんが、住吉神社は相当前から存在していたことになります。
アカマツの巨木が見られると言うこの神社。 行ってみましたが簡単には見つかりませんでした。 謎だらけの神社は社叢に至っても謎めいています。
わずか一人になったという住民。 その割に、神社はしっかり管理されていました。 まずはこの謎の住民に接触することから始めたいと思います。
三所神社(落合集落、標高670m)

ここの神社も暖温帯と冷温帯の両方の樹木が豊富にみられるところです。 特に、カゴノキやホウノキ、アマトアオダモなどが特徴のようです。 かつてはここで大きな祭りが行われており、今も大変きれいに管理されています。
そしてここ三所神社はあの落合集落のまん中に位置します。 お奨めの集落散策路にも含まれる立地条件の大変よいところです。 三所神社についてはこれまでも何度か紹介しているので詳述は避けますが、落合集落を散策される場合は欠かすことはできない場所と思います。
八幡神社(菅生集落、標高780m)

ここも中間温帯林の社叢で、県下一の巨木ユズリハ、第2のモミなど、様々な樹木が自生する自然豊かな神社です。 私はここで、祖谷では珍しいリスを目撃したこともあります。
近くには菅生湿原なるものがあり、ノハナショウブ、カキツバタが群生しています。 これら花が咲くのが5~6月。 この頃に湿原の見学も兼ねて訪れられるのもよいかも知れません。 落合集落展望所からかかしの里に向かう途中にあるので、ちょっと足を延ばしてみるのもよいのでは?と思います。
愛宕神社(落合集落深渕地区、標高890m)

最後に落合集落深渕地区にある愛宕神社です。
ここは住吉神社以上に謎です。 看板だけで神社の姿が見えません。 コウヤマキが自生していると書かれていますが、その姿も確認できません。
加えて、火の神を祀る愛宕神社。 それがなぜこの地にあるのかも不明です。
そしてそれが県指定の重要文化財。 その看板だけがポツンと建っています。
と言うことで、謎であること以外に報告するネタがないので今日はここまでとします。 継続調査し、何か分かったら報告します。
とりあえずは、”深淵経由で祖谷に帰ってみました” のルート上にありますので、興味のある方はちょっと覗いてみてください。
最後にここで紹介した神社に対する補足です。
紹介した7つの社叢は6つの集落に属しますが、菅生集落を除く5集落が江戸時代に祖谷を統治した喜多家またはその息のかかった人物が治めた場所です。 喜多家については例えばこちらに書きましたが、残された神社をみても、文化継承に対する喜多家の貢献度の高さが伺えます。

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